プロ野球巨人軍で活躍する高木京介(たかぎきょうすけ)投手(26)。
2012年に新人投手としてデビューした後は117試合負けなしの日本プロ野球界の新記録を達成しました。
そんな勝ち組の高木京介選手は現在、若くして結婚した可愛らしい嫁さんがいらっしゃいます。
彼女との馴れ初めから結婚までの経緯に迫ってみます。
高木京介プロフィール
- 生年月日:1989年9月5日
- 石川県能美市出身
- 2008年:あの松井秀喜と同じ星稜高校を卒業
- 2008年:東京は渋谷にある國學院大學に入学
- 2011年:ドラフトで巨人から4位指名。契約金5000万円、初年度年俸800万円で合意。
- 2012年:國學院大學を卒業し、読売ジャイアンツ入団。
彼女は星稜高校の同級生
嫁さんの名前は友希子(ゆきこ)さんとおっしゃいます。
石川県在住の会社員のお父様の長女です。
馴れ初めは星稜高校時代にクラスは違えど同学年であり、可愛いくて優しそうと意識はしていました。
星稜高校卒業後は東京にある國學院大學に入学するのですが、1年生の時に知人によって友希子さんを改めて紹介されました。
優しそうな雰囲気をお持ちの友希子さんに一目ぼれして連絡先を交換。
プロ入団直前の2011年、大学4年生の時に交際を開始したのです。
東京・石川間の460kmの遠距離恋愛
2012年春に高木京介は巨人入りをします。
友希子さんの方は、短大卒業後に石川県内の企業へ就職していました。
巨人軍という事で東京在住の高木京介と、石川在住の友希子さんは、車で片道460kmもある遠距離をします。
デートの頻度は月に1度でした。
プロ入り後は無敗の快進撃が始まります。
そして入団から約2年が過ぎた2014年2月に行われた春季キャンプが終わった時に結婚する事を決めたのです。
さらに半年後の8月には同棲が始まりました。
プロポーズの言葉は特になく、自然な流れだったのです。
2人が結婚する事が分かったのは、同年2014年の11月8日です。
この時点で友希子さんは会社を辞めて肩書きは家事手伝いでしたが、高木京介に栄養価の高い料理をつくるためにフードマイスターの資格試験を受けて結果待ち状態だったのです。
そして年齢も24歳だったので、同学年ならがまだ誕生日は来ていなかったのでしょう。
慎重で堅実なところに好感がもてる
大学1年生の時に友希子さんを紹介され好意を持ったにもかかわらず、交際を開始したのは大学4年のドラフト直前の時期です。
この事から、立身出世するまでは愛する女性に対してアプローチしないとう堅実さ・誠実さをお持ちなのでしょう。
大成するまでは顔向けしないという、良い意味でのプライドもあるでしょうし。
遠距離恋愛中の交通費も、もちろん自分が出した事でしょう。
そしてプロ入りし、22戦連続無失点という新記録を打ち立ててから結婚という、これまた堅実なところを見せてくれました。
この様に、出世するまでは女性を迎えにいかないという決意の男性は多いと思いますが、それを体現できるのは一体全体の何パーセントなのでしょうか?
ほとんどの方が、目標を叶えられないまま終わるでしょうから。
でも女性としては、例え夢かなわずとも一緒に向上していく時期を一緒に過ごしたいという思いもあるでしょう。
そういう時期を過ごす事によって、より絆が深まりるわけですから。