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古賀稔彦が嫁と金メダルを捨てたスキャンダルがフライデーされてから20年も経ったとは

1992年のバルセロナオリンピックで見事金メダルを獲得した柔道家の古賀稔彦(こがとしひこ)さん。
端整な顔立ちは今の若い男性には無いタイプのイケメンだし、テレビでの発言から人徳者である事がうかがえます。

ただ、若き日の過ちは誰でもある事。
古賀稔彦さんもご多分に漏れず、20代の頃に不倫スキャンダルが週刊誌で報じられた事があるのです。
嫁さんがいるという既婚者の立場でありながら、別の女性とホテルで密会していたのでした。

1996年にFRIDAYでスキャンダルが報じられる

今からちょうど20年前に、雑誌フライデーの1996年3月22日号において

[平成の三四郎]古賀稔彦 金メダル捨てた“不倫愛”

というタイトルで、奥様以外の女性と浮気したスキャンダルが報じられました。

当時の情報をまとめると、その女性とは福岡県のホテルで密会していたのです。
その頃古賀稔彦の父親がガンに倒れ病床にいる状態で、その看病は当時の古賀稔彦の奥さんが看ていました。
古賀稔彦は佐賀県出身なので、お父様はおそらく佐賀県で闘病生活を送っていたのでしょう。
そして当時の奥さんが、古賀稔彦が最初に結婚した女性だったのです。

嫁さんが父親の看病をしてくれているのに別の女性と浮気をしたとなると、相当なイメージダウンになった事でしょう。

結局最初の奥さんとは離婚したのですが、その不倫相手の女性と再婚しましたので、浮気ではなく本気だったという事です。

元嫁と現在の嫁さんについて

元の奥さんは国士舘の柔道指導者の娘さんで、柔道3段の腕前でした。
古賀稔彦とは、高校生の頃からの付き合いだったのです。

不倫の末に再婚した今の奥さんは、日体大出身でスポーツインストラクターをされていたのです。

父親について

古賀稔彦が柔道を始めたのは小学1年生の時で、父親の影響を受けたからです。
古賀稔彦が入った柔道の練習場までは車で30分もかかる距離だったのですが、お父さんは送り迎えをしてくれました。

父親は鉄工所で働いていたのですが、古賀稔彦の試合の日と仕事が重なって観戦に行けない事が無い様に、休日でも出勤して仕事を終わらせる事がありました。

このように父親の多大なる支援のおかげでオリンピック金メダリストとなれたにもかかわらず、その父親が闘病生活中に浮気女性と密会したという過去は、決して褒められたものではありません。

ただ1967年11月21日生まれの古賀稔彦さんは、当時28歳の若さです。
また、男子というのは少なからず親父に対してムカついた経験があるでしょうし。

何より今は非常に立派な人徳者になられているのです。

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