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清原亜希は清原和博の薬使用を知ってたので出産間もない頃に復帰したのか

清原和博容疑者の嫁さんである清原亜希さん(46)。
旦那の逮捕後に、様々な情報が明るみに出るにつれ、ずっと昔のプロ野球選手現役時代から薬を使用していたのを知っていたであろう人達がわんさかと出てきました。

知っていたのに言えなかった人もいただろうし、言ったけど聞いてくれなかった人も多かったでしょう。

では奥様の清原亜希さんは旦那が「薬」使用を知っていたか知らなかったかというと、知っていたのだと思います。

その証拠に、次男を出産して間もない頃に、もう仕事復帰をしたからです。

元モデルの清原亜希

1969年4月14日 生まれの清原亜希は、1984年に行われた
「ミス・セブンティーンコンテスト」において、史上最高の応募総数18万325人の中から全国大会でスカウトされ芸能界入りしました。

芸能界での最初のポジションはアイドルで、その後はモデルへとシフトして行くという、王道のパターンで活動されました。

巨人選手だった清原和博と結婚したのが2000年のシーズンオフの頃。
その後は2002年に長男が、2005年には次男が産まれます。

仕事への復帰が早い

息子2人の幼い時期には、なるべく時間を共にしたいと思うのが親であり、母親でしょう。
ましてや2人とも男の子だからやんちゃなはずなので、手間がかかるでしょうからなおさらです。

しかし次男が生まれたわずか3年後の2008年に、もうモデルの仕事へと復帰したのです。

その時点で長男が6歳なので幼稚園の年長。
次男にいたってはまだ3歳位で、親無しではどうにもならない時期です。

そんな大事な時期に、十分過ぎる稼ぎがある旦那がいるにもかかわらず仕事を再開したのです。
これは、いつでも離婚できるように経済的に自立しておこうと思ったのでしょう。

つまり旦那が薬を使用しているのを知っていた証拠でしょう。

また、薬のために多額のお金をつぎ込んでいたでしょうから、子供や自分のために使ってくれるお金は、私達一般人が思っているより随分少なかったのだと思います。

再婚後に清原性を名乗っている理由

亜希さんは2014年に離婚しましたが、離婚後に旧姓である「木村」に戻らず「清原」姓のままです。
これについて、清原ブランドを利用しているという人も多いですが、そうではないと思います。
親の立場で考えれば当たり前なのです。

可愛い子供達は、既に清原としての人生を歩んでいます。
そんな子供達が今更木村に戻れというのは酷というものでしょう。

まだ、世の中の事をあまり知らない友達達から
「なんで木村になったの?」
と聞かれるのは確実です。

そして自身は木村に戻り、子供達は清原のままというのも可能でしょうが、そうすると自分と子供達の繋がりが消えてしまいそうになるでしょう。

決して清原ブランドのためではなく、子供を最優先した結果なのです。

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