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池永チャールストーマスの生い立ちを裁判傍聴者がレポートした内容がヤバイ

池永チャールストーマス被告が懲役22年の判決を不服として控訴しました。
22年でも生ぬるい事をしておきながら控訴するとは、一体どういった生い立ちをすればその様な精神構造になるのかと思ってしまいます。

各種メディアが過去に報道した生い立ちをみるに、異常な母親と義理の父親のせいで酷い生活を送ってきたのが分かりました。
ただ、これは常識的に報道できる範囲に簡略化されています。

実際に裁判を膨張した方のレポートによって、もっと驚くべき生い立ちが発覚したのです。

1歳10ヶ月まではマニラで

池永チャールストーマスは、日本人の父親とフィリピン人の母親との間の長男としてマニラで生を受けます。

生後から、母親の両親及びメイドさんの手によって育てられます。
その理由は、フィリピンには仕事がないので、母親は日本で働いていたからです。

その時点で愛着障害が発生した可能性があるのです。
1歳10ヶ月の段階で、両親のいる日本へ行きます。

凄惨な子供時代

日本へ来てからは半年間だけ、実の両親と3人で暮らします。
ただ、父親は子供を大切にしない性格でしたので、池永チャールストーマスを虐待します。

母親は貞操観念がだらしなく、結婚している状態なのに多数の男と関係を持ちます。
その中にはアルコール中毒や暴力団関係者もいて、池永チャールストーマスはアルコール中毒者から特に酷く虐待を受けます。

母親は既婚者でありながら、その生活費を全く入れないアル中男と同棲します。

池永チャールストーマスが4歳の時に両親は正式に離婚し、アル中男と内縁状態になります。

ホステスをしていた母親ゆえに夜は不在です。
その間に内縁の夫であるアル中男は池永チャールストーマスを虐待します。
虐待といっても、本当に拷問レベルの酷い事をしたのです。

池永チャールストーマスが小学生の頃、母親とアル中男の2人きりで旅行に行き、1週間近く帰らない事がありました。
幸いにもお金を置いていってくれた時には、自分で食材を購入して調理する事ができました。

しかしお金を置いていかなかった時には、飢えをしのぐためにコンビニエンスストア店長のご好意で廃却する予定のお弁当をいただいたりしていたのです。
まだ幼い小学生がこの様な事をする事になったのです。

光熱費の滞納によって電気・ガスを止められた時は、ろうそくの炎を明かりとし、毛布にくるまり寒さを凌ぎました。

異常な育てられ方をしたゆえに他者視点で見る能力が低い

光熱費だけでなく家賃まで滞納した母親のせいで、小学5年~中学3年の間に合計7回も引越しをしています。
当然長続きする友達も出来なかったことでしょう。

この様な生い立ちから、池永チャールストーマス被告は他人の立場になって物事を見るという能力が非常に低いのでしょう。

完全に育児放棄状態の母親ゆえ、児童相談所に2回も保護されてます。
その時に何とか母親から切り離して育てる事ができれば、この様な結果になる事はなかったでしょう。

未然に防ぐ事が出来たかもしれないだけに、残念です。

フェイスブックに投稿した動画と画像がまだある

そんな池永チャールストーマスは、かつてフェイスブックに自身の動画と画像を投稿していました。
事件直後にそのFacebookアカウントは削除されたのですが、おそらくアカウントを複数持っていたのでしょうか、まだ現存する別アカウントもあり、動画や画像を見る事ができるのです。

こちら のサイトで、その動画や画像が紹介されています。

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